なぞる

なんか書いたやつ

ピントを合わせる

 
 
 小学校5年生まで住んでいた家に、もう一度住むことになった。駅からずいぶん遠かったはずの家は、身体が大きくなった今では10分もしないうちに着くことができた。白い塗装はところどころ剥がれて、あざやかな青色のドアを引き立たせていた。懐かしさをふくみ込んだ美しさをたたえた家の前で、ぼくは立ち尽くしていた。
 
 
 家から見えるセブン・イレブンは、小さい頃は遠く離れた場所にあったように思えたのだけど、実は思ったようにずっと近くにあって、だからぼくは「遠さ」を味わうためにゆっくりと歩いてみた。昔の感覚と今の感覚が重なる場所を身体で探す。レンズのピントを合わせるような作業だ。
 
 
 セブン・イレブンにあるものは全てが画一化されていて安くて、それは素晴らしいことなのだけど、少しさびしさも感じてしまう。小さな頃、30円のトンボ鉛筆を文房具屋さんで買うときにドキドキした記憶がよみがえる。そのころは、モノのひとつひとつが貴重に思えて、一度きりの物語を秘めていた。その記憶を頭の片隅にしまいこんで、ぼくはキャンパスノートを買う。記憶が重なって、遠近感が少しくるう。
 
 
 小さいころの記憶はとても神聖な感じがする。白いこの家の壁に囲まれて、静かにぼくの生命が育まれていたこと。物置を開けたら小さなころのぼくが飛び出してきそうだ。あの頃、時間は水のようにあふれていた。ぼくはゆっくりとそれをすくって飲んでいた。