なぞる

なんか書いたやつ

とりあえず笑っとけ

  コミュニケーションが不得意で、というか苦手意識があって、誰かとことばを交わした夜は、自分の受け答えを思い出して顔から火が出るほど恥ずかしくなる。あの時、ああ言えば良かったかな。なんか勘違いされていないかな。嫌な思いをさせていないかな。そんなことばかり考えて、浅い眠りにつく。

 


 相手が何かことばを発したとき、ぼくはいつも反応に迷ってしまう。綺麗な返しを、ユーモアのある返事を、相手を極力傷つけないことばを選んでいるときに、一瞬の予期せぬ間が生まれ、噛み合っていた歯車が途端に合わなくなる。ぼくは急に緊張して、変なことばを放ち、そのことばは地面に落ちて腐り、残るのは気まずい空気だけだ。

 


 あるいは、自分がなんだか調子が良くて、ぽんぽんぽんぽんことばが浮かび、面白いことが言えてしまうときがあるのだけど、調子に乗ったぼくは、きみの心地よい速度を通り越していってしまう。豪速球でストライクゾーンぎりぎりに投げたボールをきみはいつか取りこぼし、その時になってぼくはミスコミュニケーションを知る。

 


  気持ちいいテンポで会話ができる時があって、それは本当に幸せな体験なのだけど、なかなかいつも上手くはいかない。相手のことばを受け入れ、適切なテンポで投げ返す、そんな気持ちのいい会話体験は、たまに生まれるものであって、いつもいつもできるものではない。少なくともぼくには。

 


  ぼくの知り合いに、よく笑う女の子がいる。その子はこちらが面白くなかったとしても、ジャンルとして「面白い話」をしていると察すると、とりあえずゲラゲラと笑ってくれる。オチっぽいなと思うととりあえず笑う。変なコミュニケーション・スタイルだけど、ぼくは悪い気はしなくて、なかなかいいなと感心している。

 


 上手にキャッチボールをしようと思うと、力んだり、迷ったりしてしまうのかもしれない。多分彼女はキャッチボールをしていない。ボールの球種、スピード、コースを見て捕ろうとするまえに、ボールが投げられたことにただ反応しているのだ。

 


 気持ちいいキャッチボールなんて、なかなかできるものではないし、できるときは自然になんとなくできるものなのかもしれない。名投手でも名捕手でもないぼくは、彼女に習ってとりあえず笑うところから始めてみようと思う。