なぞる

なんか書いたやつ

第三滑走路13号 感想

 ボリュームがまずすごいですよね、全部で175首読める。だいたい歌集1冊で300首前後だと思うので、歌集半分を読んだくらいの(量的な)満足感をネットプリントで得られていると考えると、すごいことだなあと思う。
 
 連作としても工夫されているのだけどわりと一首単位で鑑賞できそうな歌が多いので、好きな歌・気になった歌の感想を述べたい。
 
 
 スティル・ライフ あと何回の乗り換えで地下鉄はこわくなくなるだろう/青松輝「still life」
 
 地下鉄は乗り換えにおいてのみ姿を現す…というと言い過ぎだが、基本的に地下鉄は地上を走らないので、地下のホームで見ることになる。そういう地下鉄におけるモチーフがさらっと指摘されつつ、重要なのは、乗り換えの場面においてぼくらはは地下鉄の「止まる」姿と「動く」姿を繰り返し見ているということだと思う。止まった姿の一回性(=静物性)と、それが動き出すという反復性(=まだ・生活)が「スティル・ライフ」という語によって受けられている、と見ることができる。
 
 サンキスト・オレンジ 電車を僕はたんに移動手段だと思っている/青松輝「still life」
 
 前掲歌の韻律構造をひきづる形で、5音でナカグロで切れる構造を有しつつ、初句9音的に読みたくなる。するとなんとなくこんな感じのリズムを捉えることができる。
 
 サンキスト・オレンジ / 電車を僕は / たんに移動手段だと / 思っている
 
 この韻律に自分がたどり着くのは、意味的な要請が大きくて、「たんに」というところに強意のニュアンスが読み取れるので、そこの文頭を強く読みたくなるからだと思う。
 それはそれとして、電車における様々な詩情を排して、「たんに移動手段」と定義することによって逆に詩として成り立たせてしまうことの鮮やかさがすごい。移動手段という冷たい言い方が、電車の詩情を逆に強めるというか、ある場所からある場所へと(はやく、とおくに)「僕」が移動する経験のゆたかさを引き連れているのがおしゃれだなあと思う。
 
 HOTELあさひ 海岸沿いの居酒屋うみ 仲良しの同日取り壊し/丸田洋渡「顛末」
 
 名付けに関する歌なんだろうと思っていて、朝日とか海とかそういう詩情を含む言葉がホテルや居酒屋の名前に選択されることをどう思うのかが、短歌の上に置かれることでちゃんと考えなきゃいけない気になる、みたいな効果があると思う。多分看板に書かれたその文字を見ても、ぼくらはなんの感慨も抱かないわけだけど、よく考えるとその建物と場所と名前と意味が一度にくっついた何かを感受しているはずで、その接着剤のような「言葉」について思いを馳せる、ことができる。「仲良し」という関係性自体が、建物に名前をつけるようなものであることが示唆されつつ、誰かと街を歩いた記憶が歌の中に刻み込まれている感じが郷愁を誘う。
 
 半分は狂う・半分は瞬く・星の話なんてしてないよ/森慎太郎「スルースキル」
 
 主題がわからないと、どうしてもなぞなぞのようになってしまって、歌の読み味がスッとしないことが多いのだが、こう書かれると、主題なんてなんでもいいやという気持ちになってくるというか、何の話をしているかわからないのだけど、そこに想像力が行かないような作りになっていて、会話的な面白さがあると思う。話し言葉を短歌に乗せると、話し言葉を文字にすると面白いみたいな回路が生まれがちなんだけど、それを巧みに回避していて、純粋に会話をしているときの耳の感じで、短歌を楽しめることがうれしい。
 この歌を読むときに脳で起こっていることをどう表現したらいいかわからないのだけど、会話内の微妙な空隙(=不明点)がクイズのように見えてしまう瞬間に、その空隙が思っていた答えとは異なることがわかるが、トピックが別のものに移っていってしまう感じがして、こういうことってあるよなあみたいな納得をすごく高い次元で起こされているのだと思う。
 
 するとどうだ、きのうの夜が破かれた絵画のように聴こえてこないか/森慎太郎「スルースキル」
 
 「するとどうだ、〜か」という構成が短歌に入れられることによって、言い回しそのものの面白さが見えてくるというのが読みどころなのだと思う。何が起こったのかは明示されないのだけど、これもなんか、内容が詩のことばで書かれている感じがするからか、そこに想像力がいかないという技を使っていて、想像力を拡散させないことによって詩を成り立たせる、みたいなところが、独特の読み味につながっていると思う。まさにこの2首は「スルースキル」が作者にも読者にも活用されている。
 
 
 「Ephemerality」については詳しく触れる余裕がないのだけど(疲れてきたので)、一首だけ引用すると、
 
 Downers 青空系の音楽のひっきりなしの転調を 聞け/丸田洋渡「Ephemerality」
 
 はすごく良いなと思って、英単語を短歌に導入する作品が丸田さんの最近の作品では多いように感じていて、意味体系としても発音体系としても異なるものを乗せるのは難しいだろうと思うのだけど、[dau:nahz]みたいな発音の[dau] にアクセントが来るので、普通の初句切れよりすごく切れ方が激しくなるのが面白いと思う。[z]の子音だけの音から「あ」の音に戻すのがすごく大変な感じ、これだけですごく特殊な韻律のあり方を作っていると思う。
 最後の「転調を 聞け」は逆に、一字開けしようとするとどうしても口がすぐに「聞け」と言ってしまうようなリズムになっていて、複雑なことをしなくても、リズムをこうやって動かせることが面白い。だからこそ、「ひっきりなしの転調」なのだと思うし、聞くべきものも、メロディではなくて、転調そのものに転位されている。
 
 
 三人とも決してオーソドックスな歌の作りではないので、まだ深く読めていない歌が多いのですが、すごく刺激を受けました。ありがとうございました!