なぞる

なんか書いたやつ

『ロリータ』感想:サーブの小宇宙

我がロリータには、ゆったりと弾みをつけてサーブを開始するとき、曲げた左膝を上げる癖があり、そこで一瞬のあいだ、爪先だった脚と、まだ毛もほとんど生えていない腋の下と、日焼けした腕と、後ろにふりかぶったラケットとのあいだに、いきいきとしたバランスの網目が陽光の中で張りめぐらされ、彼女がにっこりして歯をきらきらのぞかせながら上を見上げると、高い天空には小さな球体が宙に浮き、そこは金の鞭で快音響く一撃を加えようという特別な目的で彼女が作り上げた、力と美にあふれる小宇宙なのだ。/ウラジミール・ナボコフ『ロリータ』(若島正訳):410-411.
 
 ここを読みながら、声を出して笑ってしまった。ただテニスのサーブしてるだけなのに、なんて大袈裟な表現なのだろうと思うし、少女愛的趣味が神学的・幾何学的なものと融合するところは、極めて映像的で、モチーフも相まって、アニメ的だと感じる。さらに、鞭という語と、イメージの動かし方は、やはりサディスティックな官能を語り手が感じているのだろうと思う。自分の感覚との距離が、おかしくてたまらない。『ロリータ』は様々な読み方がある(らしい)のだが、ぼくはずっとコメディとして読んでいた。人が人を愛するということが、どれだけおかしな営みかを改めて感じた点でも、傑作であった。