なぞる

なんか書いたやつ

'disillusion'の訳語について

' disillusionは通常、動詞ならば「幻滅する」、名詞ならば「幻滅」と訳されることが多い。あるいは、disillusionmentと書いたとしても、基本的には「幻滅」を表すことが多い。
 
 ところで、「幻滅」とはどのような意味であろうか。インターネットで調べることができるデジタル大辞泉によると、
 

 [名](スル)期待やあこがれで空想し美化していたことが現実とは異なることを知り、がっかりすること。「―を感じる」「都会生活に―する」

 

 
 と書かれている。「幻滅」は文字通り「幻が滅びて、現実を知ること」だけでなく、それによって「がっかりする」という感情が生起することを指し示している。
 
 これは、英語の'disillusion'の意味と重なる部分もあり、例えばCambridge Dictionaryのdisillusionment(名詞)を見ると、
 
 a feeling of being disappointed and unhappy because of discovering the truth about something or someone that you liked or respected
 (あなたが好きだったり、尊重していたりしたものや人の真実がわかることによってがっかりしたり、アンハッピーになったりする感情)
 
 と説明されており、これは日本語の「幻滅」とほとんど重なった意味の捉え方と言っていいだろう。この場合、当然訳語は「幻滅(する)」で構わない。
 
 しかし、例えばOxford English Dictionaryにおいてはdisillusion(名詞)は次のように説明されている。
 
 The action of freeing or becoming freed from illusion; the condition of being freed from illusion; disenchantment.
 (幻想から自由になるはたらき、幻想から自由になる状況、脱魔術化)
 
 ここでは、いわゆる「幻が滅ぶ」というはたらきや状況を示しており、感情にまで言及されていないことに注目したい。そして、感情を伴わない'disillusion(ment)'は実際に存在する。
 
 例えば、前にブログで取り上げた論文では、このような文章があった。
 

 My reading argues that self-violence allows white men to play the oppressed, but it also goes to the source of their disillusionment—themselves; sitting at the top of the social and economic pecking order, they are the ones who have allowed masculinity to be commodified.

 

 
 文脈がないとわかりにくい文章だが、幻滅と訳すならば、次のように訳せる。
 

 「私の読解によれば自己暴力は白人に抑圧されている者を演じることを可能にする。しかし自己暴力は彼らの幻滅の源泉にもなるだろう。——彼ら自身。社会的・経済的には頂点にある彼らは、男性性を商品化することを可能にしている」

 

 
 しかし、ここでは、「幻滅の源泉」ではやはり意味が取れない。そしてthemselvesも訳しきれないだろう。ここではやはり、「幻が滅びる」という力学のみを記述しているのだ。そこで、このように訳出してみよう。
 
 

 「私の読解によれば自己暴力は白人に抑圧されている者を演じることを可能にする。しかし自己暴力は彼らの持つ幻想を砕く源泉ともなっている——彼ら自身に投影された幻想を砕く源泉に。社会的・経済的には頂点にある彼らは、男性性を商品化することを可能にしているのだ」

 

 
 このように「幻想を砕く」のようにその働きのみを訳出することによってはじめて、訳すことのできる'disillusion(ment)'がある。
 
 そう考えていくと、例えば「幻滅」を「脱魔術化」と置換するような訳も考えられるかもしれないが、「脱魔術化」は 'disenchantment'の訳語として流通しており、こちらはウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に由来する用語だから、注意が必要だろう。