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Rex Orange County "It's Not the Same Anymore"——和訳・分析・エッセイ——

Rex Orange County "It's Not the Same Anymore"——和訳・分析・エッセイ——
 
 Rex Orange Countyの "It's Not the Same Anymore"を最近良く聴いている。彼の3枚目のアルバム"Pony"の最後に収録されているこの曲は、YouTubeでは音源が377万回、ライブが210万回再生されている(2021年12月現在)。シンプルな歌詞に、強い感情が込められ、音楽に乗って届けられている。彼の音楽について批評することは、音楽の勉強をしていないぼくの技量の外にあるが、歌詞についてはいくらか語ることができる気がするし、それはこの曲の一つの紹介になるかもしれない。ぼくはそういう気分になっている。
 

youtu.be

 

 

 英語が母語ではない筆者でも、意味がとれるくらいシンプルな歌詞では、表題の通り、'It's not the same anymore’(もう同じではない)と自身に言い聞かせるような詞が繰り返される。何か分析を加える前に、まずは歌詞と日本語訳を提示する。ナチュラルな訳というよりは意味を取るための補助線としてお読みいただければ幸いである。

 

日本語訳

I'll keep the pictures saved in a safe place
Wow, I look so weird here
My face has changed now
It's a big shame
So many feelings, struggling to leave my mouth
And it's not that rare for me to let myself down
In a big way
But I had enough time and I found enough reason to accept that
 
安全なところに保存された写真を取っておこう
ここでの私はひどい見た目だ、
私の顔は今や変わって
とても恥ずかしい
たくさんの感情があって、口から出ようともがいている
自分自身をひどくがっかりさせることは
珍しくない
でもそれを受け入れる十分な時間があったし、十分な理由を見つけたんだ
 
It's not the same anymore
I lost the joy in my face
My life was simple before
I should be happy, of course
But things just got much harder
Now it's just hard to ignore
It's not the same anymore
It's not the same anymore
It's not the same, but it's not a shame 'cause
 
もう同じとはいえない
顔から喜びを失った
以前は人生はシンプルだった
幸せであるべきだよ、もちろん、
でもただ状況がさらにひどくなって
ただ無視するのが難しくなった
もう同じとはいえない
もう同じとはいえない
同じじゃない、でも恥ではない、だって
 
I spend a long time putting up with people
Putting on my best face
It's only normal when you stop things in the wrong way
It's only four o'clock and still, it's been a long day
I just wanna hit the hay
People knocking on me like every day
I'm tired of taking stress
If only there could be another way
I'm tired of feeling suppressed
And when they want me the most
I'm tired of acting like I care, but I do
And I can't wait to hit the bed
But tomorrow makes me scared
 
人々がぼくのベストな顔に化粧を施してくるのを
耐えるのに時間を費やしてきた
間違った方に行きそうなものを止めるのは普通だろ
まだ4時で、まだ一日が終わるまでには時間がある
ただ寝たいと思っている
人々はだいたい毎日ぼくをノックして
ストレスを感じることにうんざりしている
もし別の道があったならな
抑圧されていることにうんざりしている
人々が最もぼくを求めるとき
気にかけているように振る舞うことにもうんざりしている、でもそうする
ベッドに飛び込むのを待てない
けど明日がぼくを怖がらせる
 
'Cause it's not the same anymore
I lost the joy in my face
My life was simple before
I should be happy, of course (Of course)
But things just got much harder
Now it's just hard to ignore
It's not the same anymore (It's not the same)
(It's not the same)
(It's not the same)
It's not the same anymore (It's not the same)
(It's not the same)
(It's not the same)
 
だってもう同じとはいえないから
顔から喜びを失った
人生はシンプルだったのに
幸せであるべきだよ、もちろん
でもただ状況がさらにひどくなって
ただ無視するのが難しくなった
もう同じとはいえない
もう同じとはいえない
 
Oh-oh
(It's not the same)
(It's not the same)
(It's not the same)
Oh-oh
 
I kept the feelings inside
I open up when shit gets built up this high
She makes it easy to cry
The words fall out of me and there's no more disguise
I miss the days when I was someone else
I used to be so hungry
Right now, my stomach's full as hell
And I've spent many months just hating on myself
I can't keep wishing things will be different
Or leaving problems on the shelf
I wish I didn't need to get help
But I do
But I do
Oh-oh-oh
 
気持ちを内側にしまってきた
くそみたいなことが高く積もったときに開けてみた
彼女がいると泣きやすかった
ぼくから言葉がこぼれて、もう変装は必要なくて
ぼくが誰かだった日々を思い返すと
いつもお腹が空いていた
今や、ひどくお腹いっぱいだ
ただ自分を嫌うために何ヶ月も費やして
状況が変わることとか
問題を棚に放置することとかを望み続けられなかった
ぼくが望んだのは助けを借りる必要がないことだった
でも必要だった
でも必要だった
 
I been so hard on myself, yeah
Even my family can tell
And they barely saw what I felt
I wouldn't wish this on my enemy or anyone else
 
ずっと自分にひどく当たってきた
家族でさえわかるくらい
彼らにもぼくが感じてきたことを少し見えた
敵とか誰か他の人とかにこういうことがあって欲しくないな
 
It's not the same
(It's not the same)
(It's not the same)
It's not the same as before
It's not the same anymore
And it's fine because
 
もう同じとはいえない
(もう同じとはいえない)
前と同じじゃない
もう同じじゃない
それは良くて、だって
 
I've learned so much from before
Now I'm not short on advice
There's no excuses at all
No point in feeling upset
Won't take my place on the floor
I'll stand up straight like I'm tall
It's up to me, no one else
I'm doing this for myself
It's not the same anymore
It's better
It got better
It's not the same anymore
It's better
Yeah, yeah
Oh-oh
Oh-oh-oh-oh
 
たくさんのことを学んだから
今は助言が不足しているわけじゃないから
言い訳なんてないんだよ、
動揺することに意味なんかない
ここではぼくの代わりをしないで欲しい
背が高いように真っ直ぐ立つよ
ぼくの問題で、他の誰かの問題じゃない
前と同じとはいえない
もっと良い
良くなった
前と同じとはいえない
もっと良い
 
(語句・注釈)
simple:シンプルな 
simpleはポジティブな意味(洗練されているなど)もあればネガティブな意味(つまらないなど)もあり、ここでは、「顔からよろこびを失う」ことと対比されているので、ポジティブよりにとっても良いかもしれないが、その多義性を生かしているとふまえ、シンプルな、と訳出した。
 
shame:恥、残念
普通に、残念の方が良い気がしてきているところもあるのだけど、割と強いニュアンスを汲める気もする。悩みどころです。
 

分析

 
 便宜上、和訳のところで8つに分けたので、それに従って、考えていこうと思う。
①自分の昔の写真を見返し、安全なところに取っておこうとする「ぼく」は、それが失われることを少し怖がっているのかもしれない。その写真は今と比べて見た目としては良いのだろう。その顔が年を取ることによって変わり、ひどい見た目だと「ぼく」は思う。それをa big shameとさえ表現する。それは自分をいたずらに責めるような表現であるし、それを「ぼく」は知っている。ネガティブな感情が口から出ては、自分をひどく落ち込ませてしまうことを。あるいは、そうやって自分を落ち込ませていることそれ自体にも、がっかりしているのかもしれない。「ぼく」は、自分の見た目や表現に関するネガティブな感情を受け入れる理由を、時間をかけて見つけたようだ。
 ・reasonに注目すると、この詩では、頻繁にbecauseや'causeといった理由を表現する前置詞が出てくる。日本語と違って、どこまでが理由かを明示する必要がなく、その辺りも特に日本語話者にとって楽しめるかもしれない。この詩はある種の理由づけの歌でもあるのだ。
 ・'It's a big shame'と対比される形で、あとで'It's not a shame'が出てくることに注意したい。
 
②この時点では、'It's not the same anymore'ということは少し悲しげなニュアンスが含まれているように感じる。①のように年をとり、見た目が変わってしまった、その顔を受けた指示代名詞としても受け取れる。顔から喜びは失われ、人生は退屈になった今、昔の幸せを考えたとしても、状況の困難さを考えると、「もはや同じではない」という事実からは逃げられない。でも、それは恥ではないのだと言う。
 ・Itが何を指すのかは、見た目だったり、状況だったり、「ぼく」自身の何かだったりするのだろうが、明示はされない。
 
③まずこの一節は、②の最終部を受けて、'it's not a shame'の理由を説明するものになるはずなのだが、クリアな理由を示してはくれない。ここでなされるのは状況の困難さに関する記述である。人々は、自分のベストな顔に対して「メイク・アップ」してくれる。それは善意かもしれないが、耐えているのだから、「ぼく」にとっては嬉しくないのだろう。理想を押し付けてくることは耐えられるものではないが、「ぼく」はずっと耐えてきたようだ。その理想化がおかしな方向に向かったら普通は止められるのだけど、「ぼく」は止められなかったような言いぶりである。4時。休みたい「ぼく」に対して、人々はドアをノックするように、「ぼく」をうんざりさせてくる。自分の振る舞いに対する眼差しが、自分を抑圧させていることを知っているが、「ぼく」はみんなが求めるように振る舞ってしまう。休みたいが、明日のことを考えると怖いようだ。
 ・wrong way とかanother wayといった表現に見られるように、「ぼく」は、自分の進む道が何か間違っているようなものとして捉えているようだ。
 ・畳み掛けるようなwordsの詰まっている感じは、「ぼく」の不安感を示すようにも見えるし、誰かに吐き出しているようにも見える。
 
④明日のことを考えるのが怖いのは、もう同じではないから。ここで③の冒頭部を考えると、my best faceをどのようなものと捉えているのだろうか。理想を押しつける前のものをbestだと思いつつ、そこにはjoyがないことを知っている。そのあたりに自身の現状に対するアンビバレントな気持ちが含まれている。何度も'It's not the same'と歌う姿からは、「ぼく」がみんなに弁明しているようにも、「ぼく」が自分に言い聞かせているようにも取れる。それはコーラス——コーラスは、歌い手を聞き手に変換する——の効果でもある。
 
⑤内側にあった気持ちは、人を目の前にして涙とともに、disguise(=変装)ではない言葉となって溢れ出す。そのような歌詞は、今までの歌詞の真偽を宙吊りにする。例えば、最初の a big shameと捉えたのは本当だったのだろうか。それは誰かを欺くための変装だったのではないか。
 あるいは③の冒頭の化粧の話とつなげて読めば、内面に秘めた自分そのもののようなものが溢れ出したと言えるだろう。変装してsomeone elseだった自分がしていたことは、問題の解決でも棚上げでもなく、自分を攻撃することでしかなかったことに気づいた。「ぼく」は助けを借りることを拒もうとしていたけれど、必要だったことに気づく。
 ・hungryの両義性。お腹が空いているから、イライラしたのかもしれないけれど、何かを求めるエネルギーになったのかもしれないし、お腹が満ちたのは、満足したかもしれないけれど、エネルギーがもはやないことの象徴でもある。
 
⑥自分にきびしいその態度は、家族にさえわかるくらいのもので、苦しかったのだろうと思わせる。そのような気持ちを他の人に味合わせたくないと素直に表現される。
 
⑦ここで 'It's not the same'とくると、自分にきびしかった態度からの解放を重ね合わせて聞くことができるだろう。そのような'It's not the same'の少しポジティブな色のつき方は、'it's fine'という強いポジティブな感覚へと変わっていく。
 
⑧たくさんのことを学び、アドバイスも不要になった「ぼく」は、言い訳なんてなんてないとか、動揺することに意味がないとか、少し強い言い方で自分の成長を認めているように見える。しかし、この二つの言い方は結構面白い。
 ・There's no excuses at all は一見すると、「言い訳なんかしてはならない」みたいな意味にも取れるが、一方で、「言い訳なんて一つもないよ」みたいな、言い訳というネガティブな意味づけをしなくても良い、というような意味にも取れる。それはこの歌がreasonをめぐる歌であることとも響き合っている。
 ・No point in feeling upset も、upsetすること自体を禁じているようにも見えるが、そういう感情に理由なくなってしまうことを肯定しているようにも取れる。
 「ぼく」は自分の問題に背筋をただして取り組めるようになった。少なくともこのフロアで、この歌を歌っている「ぼく」の代わりは誰もいないのだ。'It's better’ と言うために、どれだけの勇気が必要だったのだろう。
 
 
 
◇同じであることとか、同じでないこととかについて
 'It's not the same anymore'という言い方からは、基本的には前あったものへの執着というか、変わらないままでありたいことを求める姿勢が読み取れる。確かに、そういう部分はある。若いままでいたいと思うことや、無垢な認識をし続けたいと思うことがある。でも、同じであることも、ぼくは怖いと思う。自分がいつまでもひどい自分であることとかが、怖くなってしまう。だからこそ、'It's not the same anymore'が少しポジティブに響く瞬間があって、最終的に 'It's better'と言い切られたときに、自分の人生や状況に対する意味づけをガラッと変えてくれるような感覚がある。それは音楽的にも広がるような感じのする部分だからとも言えるけれど、すごくいいな、と思う。
 
◇'I wish I didn't need to get help'について
 英語の詩/詞に触れるときの一つの楽しみは、簡単には言い表せない言い方が、言葉を尽くさなくても言えるんだという驚きにあると思う。この部分は特にそうで、訳出すると、「ぼくが望んだのは助けを求める必要がないことだった、でも必要があった」となるわけだけど、かなりたくさんの音数を費やさないとこういうことはいえない。でもこういう心理はよくわかる。誰かにSOSを出すのがためらわれる気持ちを、いくらか論理的なレイヤーに入れたらこういう表現になるのだろうと思う。そして特に、「でも必要なんだ」みたいなことを、'But I do'だけで表現できることの気持ちよさみたいなのは、ネイティブでない自分が享受しうる気持ち良さだと思う。
 
 この歌については、"Pony"の9曲目の'It Gets Better'と響いているような可能性もある。また、歌い手の彼自身に引きつけた読みもする余地があると思うし、そういう批評を行っているものもあるが、ここではテクストから読めることだけを導出したつもりである*1。英語能力に関しては全く自信がないので、意味をめぐる語単位のミスがあるかもしれないから、仮訳としてこれを読んでいただきたいし、よりナチュラルな訳を求める人にとっては不満に思われるかもしれない。日本語ネイティブの方にこの歌に興味を持っていただけたり、あるいは、すでにこの曲を知っている日本語ネイティブの方の理解を助けたりできれば、ぼくはうれしい。
 
 
 
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