なぞる

なんか書いたやつ

レイ・ハラカミの「Come Here Go There」の終わりぎわ、エレクトロニカから蛙のような音をわたしは聞いて、もう一度その部分を再生した。ある音が、わたしには確実に、駅のプラットホームから聞く蛙の声に聞こえ、今のところわたしにとってその景は変わりよ…

ボヤージ

福居良の「ボヤージ」は朝に似つかわしい音楽だ。ピアノを往復する指が見えるような軽やかさは、まだぼんやりしているわたしの意識と、身体と、しずかな朝の空間とを、ゆっくりと接続する。 ジャズのアルバムを聞いていると、いつの間にか次の曲になっている…

2022/10/19 レイ・ハラカミの[lust]というアルバムは、10曲53分で構成されている。家を出るときに聞きはじめると、井の頭公園の池の周りを散策しているうちに終わり、音楽が止まる。公園のざわめきや風の音を、いつもよりしずかな気分で聞くことができる。…

2022/10/16 李禹煥の展覧会に行った。乃木坂の新美術館。良く訪れる美術館のひとつだ。 展覧会に入場する前に、なんとなく落ち着きが足りないように感じたので、サカナクションのインスト楽曲を目を閉じて聞いた。落ち着くこと、静かであることが、李の作品…

玉ねぎ

無機質なカフェのなかで、友だちと話をしているときに、ふと友だちがひとつのシステムに見えてきて、それを大切に思った。友だちの顔や目つきや着こなしを、それはそれで愛おしく思うけれど、わたしと友だちのあいだに丸いテーブルがあり、そこでなされる会…

ゼミのあとで

大学時代、障害のある人を呼んで、ライフストーリーを語ってもらうというゼミにいた。普段遭遇しない身体を持つひとの語りを聞くことは、とても新鮮だった。ゼミのあとは、懇親会で意見を語り合うことができた。好奇心が満たされ、居心地が良かったから、ぼ…

両成敗の哲学

両成敗とは、「勝ちも負けもない」ことでは決してない。両成敗が指し示すもの、それは両者ともに負けるという事態だ。 既存の二項対立にどのように対応するか、たとえば「勝ち組は負け組に勝っている」という命題をどう崩すか。 放っておくと、「勝ち組」と…

飲み会について

むかし、飲み会とは行為から意味が剥がれ落ちる場であり、そこに美しさがあると書いたことがある。ぼくはお酒が飲めなくて、それでもこの文化に肯定的な意味を見出したくて、書いた文章だったのだろうと思う。 酔っ払いの言葉に過剰な意味を読み取ることは、…

第三滑走路13号 感想

ボリュームがまずすごいですよね、全部で175首読める。だいたい歌集1冊で300首前後だと思うので、歌集半分を読んだくらいの(量的な)満足感をネットプリントで得られていると考えると、すごいことだなあと思う。 連作としても工夫されているのだけどわりと…

佐藤佐太郎「寒房」鑑賞(歌集『歩道』より)

図書館で佐藤佐太郎集を借りて、読んでいる。写実的な歌の精度が高く、写実的なことを短歌でやることの凄さを改めて感じている。 ぼくにとって、写実的な歌を読むという体験は、現実に存在する素材のゆたかさに気づくという体験というよりも、むしろ、現実に…

「永訣の朝」再読ノート

久しぶりに宮澤賢治の『春と修羅』を読み返している。ぼくがこの詩集を読んだのは、高校1年生のころだった。かっこいい響きのタイトルに魅かれて、図書館でなんとなく手にとった。 そのころの私は詩というものにまだ関心がなかったから、高校生のときに読ん…

鏡のある部屋で——揺川環「鏡を覗く」評

" data-en-clipboard="true"> note.com " data-en-clipboard="true"> 家具を入れわれらを入れて狭くなる部屋にもわたしだけの耳鳴り この歌でかなり心を掴まれる部分があるというか、連作の方向性がバチっと決まっている感じがする。同棲を始め、家具を運び…

〈風は何処からきたか?〉

どうして「風景」と言うのだろう。あるいは、景と風景の違いはなんであろう。そういうことを考えたとき、風は私の身体を撫でるではないか、私の髪をそよがせるではないか、ということに思い到る。風に含まれる強い追憶は、視覚よりもっと原初的な触覚から来…

景を組み上げる:長谷川琳「細長い窓」(ura vol.6)

uratanka2017.studio.site 建築的だ、と思う。ひとつひとつの歌が示す景が立体的で、奥行きがある。 図書館が積み木のように明るくてバリアフリーのゆるい坂道 この歌は特に、図書館を組み上げることに力が注がれた歌だと思う。図書館の機能や性質ではなくて…

根をもつこと

哲学書を詩のように読んでいる。難しいことばの並びを、筆者の意図通りに「正しく」受け取ることは、ひとつの喜びであろう。しかし、ぼくは研究者ではないから、ぼくにとって重要なのは、その人それ自体の思想ではなく、ぼくがどう引き受けるかである。哲学…

『ドライブ・マイ・カー』雑記

" data-en-clipboard="true"> 『ドライブ・マイ・カー』(アップリンク吉祥寺)2022/02/04 " data-en-clipboard="true"> 濱口竜介監督 " data-en-clipboard="true"> " data-en-clipboard="true"> dmc.bitters.co.jp " data-en-clipboard="true"> " data-en-c…

tankaと短歌のあいだ

" data-en-clipboard="true"> 最近英語でエッセイを適当に書く遊びをしている。主題は本当にバラバラで、政治的なものごとからショートショートのようなものまで書いては、Mediumという英語圏のブログみたいなものに投稿している。自分が文学的なものごとで…

読みが外れた、黄泉の国

バドミントンをしていたら、思っていたショットが来なかったのだろうか、後輩が、「読みが外れた、黄泉の国」と言った。ぼくは笑った。たった二文字の、意味のないだじゃれが、うまくないと思ったのだ。 普段ぼくは「読み」と「黄泉」を全く異なる単語として…

『ロリータ』感想:サーブの小宇宙

我がロリータには、ゆったりと弾みをつけてサーブを開始するとき、曲げた左膝を上げる癖があり、そこで一瞬のあいだ、爪先だった脚と、まだ毛もほとんど生えていない腋の下と、日焼けした腕と、後ろにふりかぶったラケットとのあいだに、いきいきとしたバラ…

可能性と軌道

まみの白い机は夢にあらわれて「可能性」と名乗った。アイム、ポシビリティ 可能性。ソフトクリーム食べたいわ、ってゆきずりの誰かにねだること 可能性。すべての恋は恋の死へ一直線に堕ちてゆくこと/穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』 穂村…

東田直樹「夏の気分」鑑賞

僕たちは、おかしいほどいつも、そわそわしています。一年中まるで夏の気分なのです。人は何もしない時には、じっとしているのに、僕たちは学校に遅刻しそうな子供のように、どんな時も急いでいます。 まるで、急がないと夏が終わってしまう蝉のようなもので…

それは本当に優生思想なのか:「内なる優生思想」をめぐって

「優生思想」や「内なる優生思想」という語は、最近様々な意味で用いられており、ときには混乱した形での用例も見受けられる。この記事では、歴史的な使用例や近年の事例を見ることによって、①遺伝子を巡った人間の集団の改良を目的とした思想、②あらゆる障…

言葉が出なくなる

言葉が出なくなる。 言葉が出ない、とか、なんと言ったら良いかよくわからない、とか、そういうことが書かれているのを、ときどき見るし,あるいは、ぼくもそういうことを言ったり、LINEしたりする。 息苦しい気分の中で、ぼくはなんとか息を吸おうとして、…

逆照射されるドミナント・イメージ:瀬口真司「「脱出」の列へ : 塚本邦雄『日本人靈歌』論」を読んで

短歌のことがわからない。もっと言うと短歌の歴史に到っては知らないに等しいのだが、12/10に以下の論文を読んでから、評をすることの凄さみたいなものに感動して、論文を読んで考えたことを書こうと思っていた。そもそもぼくは専攻が社会科学や社会思想にあ…

遠野遥『教育』感想:「わからない」をめぐって

遠野遥『教育』を読んだ。とても面白かった。 芥川賞受賞作の『破局』が面白かったので、新しく出たこの本を購入した。あらすじをどう説明したらいいのかわからないのだが、帯文に書かれている抜粋を見れば、なんとなくわかると思う。 教育 作者:遠野遥 河出…

詩で書き起こす:インタビューの編集の一事例

まずは、次の英詩をお読みいただきたい。拙訳も付記するので英語が苦手な方は読み飛ばしてくださって構わない。 Pencilling It In The Schaefer is gone.The gold-tipped Parker'srelegated to the drawer,its decisive blackused only on checks. The felt-…

卒論、あるいはそれに紐づくものごとについて

今日、卒論を出しました。よくわからない卒論ですが、概要などを書いておこうと思います。もし万一本文を読みたい方がいらしたら、連絡をください。 「読書会のエスノグラフィ的分析」というタイトルで書いていたので、自分が社会科学関係、特に医療社会学や…

'disillusion'の訳語について

' disillusionは通常、動詞ならば「幻滅する」、名詞ならば「幻滅」と訳されることが多い。あるいは、disillusionmentと書いたとしても、基本的には「幻滅」を表すことが多い。 ところで、「幻滅」とはどのような意味であろうか。インターネットで調べること…

ファイト・クラブにおける男性性の表象

ファイト・クラブについて、「ぽかーん」という感想になってしまったので(詳しくは前のブログ記事)、もう少し分析的な文章を読もうと思ったのだが、日本語の記事ではあまり良い批評が見つからなかった。そこで、英語の勉強も兼ねて、ひとつ英語論文を読ん…

贈与と聖物:感想

" data-en-clipboard="true"> ◇森山工2021『贈与と聖物——マルセル・モース「贈与論」とマダガスカルの社会的実践』東京大学出版会. " data-en-clipboard="true"> www.utp.or.jp 森山は『贈与論』の訳者でもあり、マダガスカルをフィールドとするフィールドワ…